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ホ−ムペ−ジを訪れた記念にメッセ−ジを一言お願いします
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差し上げます
投稿者:
ごろんぴー
投稿日:2008年 5月 3日(土)00時10分12秒
失礼します。趣味でHPを作っているものです。
主に本ですが、捨てるのはもったいないので、
欲しい方は無料で差し上げます。
当方のHPをご覧下さい。
(管理人様、発言不適切な場合、削除していただいて結構です)
P.S.
実はteacupの掲示板にはなぜか現在直リンク出来ない状態になっております。
Google等の検索サイトで
ごろんぴーの音楽研究室
とコピペしていただき、総目次もしくはフロントページ右上の「Recycling」
をクリックしていただけると、幸いです。
質問であります。
投稿者:
吉田
投稿日:2008年 4月17日(木)22時29分22秒
はじめまして。東京在住の吉田と申します。唐突な質問で恐れ入りますが、当方の結婚式で是非ともこちらのHPで使用されている「陸軍士官学校 校歌」を使用させて頂きたく、メールにて甚失礼とは存じますがご連絡いたしました。つきましては、音源についてご教授いただければ幸いです。よろしくお願い致します。
熊幼会報原稿の投稿依頼と原稿送り先についてのお願い
投稿者:
46期本田睦雄(編集委員長)
投稿日:2008年 1月18日(金)12時25分11秒
今度の熊幼会報は最終号となるので会員(年会費未納者は除く)全員に投稿をお願いしようと、編集委員会の決議で昨年11月初めに原稿のお願いを致しましたが、現在までの原稿到着が余り芳しくないようですので3月末の締め切りまでにはお送り下さるようお願い致します。もう既に発送された方にはこの連絡をご寛容下さるようお願い致します。ところで原稿の発送先については、先に各位にお送りしました{「熊幼会報の編集」のお知らせとお願い}の2ページに各期の編集委員の名前をのせておりますので、各期の編集委員にお送り下さいますようお願い致します。既に編集事務局本田気付けの原稿が7〜8通来ておりまして、小生の方で各期の編集委員に転送または手渡ししておりますが、もう一度2ページをよくご覧頂き発送先をお間違いないようお願い致します。もし締め切り間際に小生宛に原稿が殺到いたしますと、処理煩雑の上不要の転送費を必要としますので、くれぐれもお間違いなきようお願い致します。
六訓会を見つける
投稿者:
今村秀夫
投稿日:2008年 1月15日(火)15時57分30秒
第十二学班の今村秀夫です。ホームページ上で偶然に六訓会のページに出くわしまた。こんなものがあるとは夢にもしりませんでした。殆どの人はちゃんと連絡がついていたのです。名簿上で私だけが不明者となっています。思えば、幼年学校に入ってから、父の転勤で家族は都城(宮崎県)から青森に転居、学校解散後は青森の住所(この住所を届けてありました)に帰ったのですが敗戦直前七月二十九日の空襲で市内の80パーセントは消失。その事も知らずに帰った所、家は跡形もなく消失,家族の消息も不明でした。その後家族と再会はできたのですが、住所も何度もかわり。連絡を頂いても届かなかったのだと思います。
現在は神戸市に住んでいます。年齢相応に体力は衰えてきたようですが、今の所元気でおります。
とりあえずお知らせします。
今村秀夫
幼年学校の本
投稿者:
高浦照明
投稿日:2007年 8月 6日(月)10時33分55秒
幼年学校について注目すべき本が出版されました。
野邑理栄子著「陸軍幼年学校制の研究」(8500円・税別)です。
昨年1月の出版です。
著者の学位論文をまとめたものです。
いまどき「幼年学校」を研究テーマとして真正面から取り上げるとは…。
幼年学校に対する不要論から、幼年学校出身者の陸軍中枢における地位など
豊富な史料でまとめています。
それによると、幼年学校は明治維新後になって若者が自由民権思想に
毒されることを防ぐために設立された面が強いということになります。
つまり思想的に「毒される」以前に、若者を軍隊教育に組み込もうということです。
あの児玉源太郎大将がその推進の中心でした。
幼年学校に対する「純粋培養論」はこんなところから出たのかもしれません。
中等教育は本来は文部省の所管であり、それを陸軍が「横取り」することへの
反発がかなり強かったのです。
昭和天皇が、戦前の陸軍の独断的体質が幼年学校教育にあったとして、
幼年学校制度を非難したことも記しています。
「広島の原爆はやむをえなかった」という昭和天皇の発言とともに気になることです。
陸士生徒の中で幼年学校卒が意外に多いのも驚きです。
父がいた38期は390名中、幼年学校卒は270名もいました。
3人に2人が幼年学校卒です。
中学からは108名です。
最少は54期で2330名中陸幼卒は、わずか150名(6.4%)にすぎません。
陸士最後の58期は2300名中889名(38.7%)でした。
非陸幼卒で名を知られているのは次の方々です。
荒木貞夫、真崎甚三郎、林銑十郎、杉山元、小磯国昭、今村均、佐藤賢了の各氏
陸軍省人事局の局長と補任課長は、昭和になってからはすべて幼年学校卒です。
染矢さんの思い出
投稿者:
高浦照明
投稿日:2007年 3月31日(土)13時18分8秒
堀部美好様
私は熊幼48期で、お父様の染矢徹雄さんの二期後輩です。
同郷(大分県)ということで親しみを持っていました、怖い先輩でした。
ある夜、3年生の非常呼集があり、染谷さんが二階から緊急用の竹ざおを伝って
降りたとき、着地で失敗したのか「骨折?」をして、「うんうん」唸っているのを、
心配しながら聞いたことを思い出します。
「骨折」したことは、後で聞きました。
戦後は染矢さんの親戚(弟か従兄妹)の方が、臼杵造船に勤務しておられて、
私は仕事の上でいろいろお世話になりました。
戦後になって染矢さんにお会いしましたが、昔とは異なり「ソフト」な方に
なっておられました。
お便りありがとうございました
投稿者:
坂口文彦
投稿日:2007年 3月26日(月)22時57分8秒
嬉しいお便りありがとうございます。この様なお便りをいただくと、ホ−ムペ−ジを作ってよかったなあと、心から嬉しく思います。染矢先輩からは48期6訓生は大変お世話になり、その豪傑ぶりには皆、憧れていました。
今後とも幼年学校をよろしく、ホ−ムペ−ジをよろしくお願い申し上げます。
知らない時代の父を・・・有難うございました。
投稿者:
堀部 美好
投稿日:2007年 3月25日(日)18時31分44秒
一年ほど前、46期の本田睦夫様より自衛隊に勤務しています私の夫を介し、このホームページのことを伺いました。私は46期、染矢徹雄の娘です。軍歌(野武士)・・・。父の若き姿を拝見することができ感無量です。私が生まれるずっと、ずっと昔に父はこんな笑顔をもっていたのですね。お酒を飲んでは苦虫を噛み潰す様な表情が多かった父からは想像もつかない少年の顔です。父は平成12年8月逝去しました。母の手の中で奔放に暴れて口下手なままこの世を去りました。「ひとつ軍人は忠節を本分とすべし!」から始まり、幼年学校の校歌、士官学校の校歌が子守唄として聴かされ育った私には意味も分らないまま脳裏に焼き付いています。時代の流れに抗うようなことばかりしては母が尻拭いをしていました。昭和32年に生まれた私も今年50歳になります。怖かった父でしたがほんの少しですがいかり肩の怖さの裏にある背中の悲しさが分かるようになりました。母の兄(伯父)も46期で西村 功です。伯父は父より早く逝去しましたが、字がとても綺麗で表現豊かで優しい人柄でした。終戦と共になくなった学校のことを、素晴らしい学校があったことを訪ねられるホームページにとても感動しました。ありがとうございました。
(無題)
投稿者:
黒岩 和
投稿日:2007年 3月 6日(火)10時03分46秒
暇に任せてホームページらしき物を作ってみました。
御笑読の上、御批判下さい。
http://geocities.yahoo.co.jp/gl/kroiwa55
作ってみました
投稿者:
黒岩 和
投稿日:2007年 3月 6日(火)10時01分2秒
暇に任せて思考錯誤ホームページらしき物を作って見ました。御笑読の上御批判下さい
http://geocities.yahoo.co.jp/gl/kroiwa55
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