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迷宮の国のマロン (その2)

 投稿者:バッカス  投稿日:2007年 5月18日(金)23時14分33秒 p4125-ipbf708funabasi.chiba.ocn.ne.jp
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  辻希美聖誕20周年記念連載小説(その2)



その晩、のぞみは一夜を泣き明かした。
翌日、彼女はすべての仕事をキャンセルした。表向きは急病ということにして・・・。

新ユニットのキャンペーンやCDジャケットの衣装合わせ、CM撮影や雑誌のインタビュ
ー、そして舞台のリハーサル・・・思えば毎日が殺人的スケジュールだった。

仕事がなくなると、一日がとても長く感じられた。
朝は9時に起床、そして食事の準備。部屋の中では、マロンが元気よく這い回っていた。

のぞみは飛び回っているマロンを捕まえて、そっと抱きかかえる。
「…そんなに嬉しい?」 そして抱き上げたマロンに向かって言う。

「ごめんね。いままであまり面倒を見てやれなくて・・・これからはずっと一緒。
そう、たとえ結婚したって、ずっとずっとマロンと暮らすからね」

そのとき、マロンの目から涙がひとすじ流れた。のぞみは驚いて言った。
「へえっ!マロンって、泣くんだ?」その瞬間、すごく愛おしく感じた。

夜になってもよく眠れないことが多かった。そんな時に考えてしまうのが、彼と過ごした、
あの幸せだった日々のことだった。
今となっては、あの幸せだった日々は、本当は夢だったのではないかとさえ思えてしまう。

3日目に、2度ほどケータイが鳴った。彼にちがいなかった。のぞみは電話に出なかった。
彼の声を聴くのがこわかったからだ。

4日目になると、一時間おきにケータイが鳴った。彼が心配しているのかもしれない。でも・・・
5日目の朝、彼はとうとうのぞみをたずねて来た。

「のぞみ!」 思いつめたように彼が叫んだ。「どうしていたんだ? 何があった」

泣き疲れてうつむくのぞみを抱きしめて、彼は問い詰める。
答えるかわりに、のぞみは泣きじゃくった。

「もういい。のぞみ、結婚しよう。もう離れ離れはたくさんだ。・・・いいね?」

あれからちょうど一年がすぎた。彼はいまだに首をかしげる。
のぞみ以外の「のぞみ」っていう女性、いったい誰だろう、と。

のぞみは、そのかたわらでくすんと笑う。
いいのよ、その女性のおかげで、あたし今、とても幸せなんだもの・・・。

そんなある日の朝。窓の外は雨。のぞみは食事の準備をしていた。
部屋の中では、家族の一員となったマロンが元気よく飛び回っている。

するとふいに電話が鳴った。のぞみがあわてて受話器をとった瞬間、声が流れてきた。

「もしもし、あたし」

驚いてハッと息を呑む。これは・・・きっと、あの娘ね!

「あたしよ、の・ぞ・み。・・・たーくん?」

のぞみはできるだけ落ち着いて言った。

「もしもし、主人に何かご用ですの」

かたわらで、愛犬マロンがキョトンとこちらを見ていた・・・。
 
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